和賀心教典 第31節 1987年10月16日 信心する者は、木の切り株に腰をおろして休んでも、立つ時には礼を言う心持ちになれよ。 信心して、いよいよわからせて頂くことは、すべてが有難しとお礼を申し上げねばならぬことばかり。御礼の対象にならざるハな…
和賀心教典 第30節 1987年10月16日 神を信ずる者は多いが、神に信ぜられる者が少ない。 正札の店での買物は安心して買える。又、売る方も楽であるように、神さまと氏子の上にもこの様な働きが出来るようになった時はじめて、『神も助かり氏子も立ち行…
和賀心教典 第29節 1987年10月16日 桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。桜の花は早う散る。梅の花は苦労しておるから長う散らぬ。 桜の花のような、はなやかなおかげも受けたい。それには、いさぎよい信心が出来ねばなりません。その内容としての…
和賀心教典 第28節 1987年10月16日 井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。 病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除…
和賀心教典 第27節 1987年10月16日 なにほど、人に悪いことをせぬ正直者でも、人がよいのと神に信心しておかげを受けるのとは別ものぞ。 昔から、あの人は正直者じゃ、神仏のような人じゃという者でも、だんだん不幸なことが重なって、世間では、どう…
和賀心教典 第26節 1987年10月16日 信心に連れはいらぬ。 ひとり信心せよ。信心に連れがいれば、死ぬるにも連れがいろうが。みな、逃げておるぞ。日に日に生きるが信心なり。 枯れた木には花は咲かぬ。枯れた心にはおかげは実らぬ。日に日に生きると…
和賀心教典 第25節 1987年10月16日 信心は大きな信心がよい。迷い信心ではいかぬ。一心と定めい。 天地より大きいものはあるまい。大きな信心には行きづまりがない。迷いもおこらない。天地に学ぼう。 『天の心』恵み与え切る心。無条件に与える心。…
和賀心教典 第24節 1987年10月16日 人に誘われて、しょうことなしの信心は、つけ焼き刃の信心じゃ。 つけ焼き刃の信心は取れやすいぞ。どうぞ、その身から打ちこんでの信心をせよ。世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ…
和賀心教典 第23節 1987年10月16日 氏子が神と仲ようする信心ぞ。 神を恐れるようにすると信心にならぬ。神に近寄るようにせよ。 信心が好きになることです。おかげが好きな人が多いが、神さまは、私共の思いどおりのおかげを下さることはないからで…
和賀心教典 第22節 1987年10月16日 天地金乃神といえば、天地一目に見ておるぞ。 神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さねばおかげは受けられぬ。ままよとは死んでもま…