和賀心教典 第81節 1987年10月16日 氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。 十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。 咲いた桜が柳に聞いた 梅が答えて信心辛抱 信心には桜のいさぎ…
和賀心教典 第80節 1987年10月16日 年寄りを大切にせよ。 人間は自分の考えで先へ生まれてきたのではない。みな、神のおかげで生まれてきたので、早く生まれた者ほど世のために働きをたくさんしておる道理であるから、年寄りを敬うのぞ。若い者でも役…
和賀心教典 第79節 1987年10月16日 商売をするなら、買い場、売り場というて、もとをしこむ所と売り先とを大事にせよ。 人が口銭を十銭かけるものなら八銭かけよ。目先は二銭損のようでも、安うすれば、数が売れるから、やはりその方が得じゃ。体はち…
和賀心教典 第78節 1987年10月16日 神の機感にかのうた氏子がすくない。 身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。 神の機感にかなわぬと、身代もあり力もあるが、まめにない。まめで賢うても身…
和賀心教典 第77節 1987年10月16日 人の悪いことを、よう言う者がある。そこにもしおったら、なるたけ逃げよ。陰で人を助けよ。 人の悪口にはあやしいまでの魅力がひそんでいる。たしかに悪魔のささやきにも似たものがある。 教祖ハ『そこに若し居っ…
和賀心教典 第76節 1987年10月16日 人間は人を助けることができるのはありがたいことではないか。 牛馬はわが子が水に落ちていても助けることができぬ。人間が見ると助けてやる。人間は病気災難の時、神に助けてもらうのであるから、人の難儀を助ける…
和賀心教典 第75節 1987年10月16日 人を殺すというが、心で殺すのが重い罪じゃ。 それが神の機感にかなわぬ。目に見えて殺すのは、お上があってそれぞれのお仕置にあうが、心で殺すのは神が見ておるぞ。 『人を殺すと云ふが心で殺すのが重い罪ぢゃ』…
和賀心教典 第74節 1987年10月16日 かわいいと思う心が神心じゃ。 人間の頭ではわからぬ心、しいて言うなら慈悲心、愛の心を一つにしてねがう心、有難き勿体なきの心の充満した心とでも申しましたらよいでしょう。 ゴキブリを見たら憎らしくて殺さね…
和賀心教典 第73節 1987年10月16日 変人になれ。変人にならぬと信心はできぬ。変人というは、直いことぞ。 『変人というは直いことぞ』 直い事とは本当のこと、真直いことの意。本当のことをなす人を変人と言わねバならぬほど変人は少ないのである。…
和賀心教典 第72節 1987年10月16日 人間を軽う見な。軽う見たらおかげはなし。 神の氏子としての頂き方、見方が出来ることが本当ですが、なかなか難しいことです。それでもやはりおかげを受けねばなりませんので、同でも本気に取り組まねバならぬこと…