和賀心教典 第20節 1987年10月16日 親の言うことを聞かぬ子が一番つまらぬ。 此方が天地金乃神よりおかげを受けておることを話にして聞かすのぞ。疑うて聞かぬ者は是非におよばず。かわいいものじゃ。また時を待っておかげを受けるがよし。めいめいに…
和賀心教典 第19節 1987年10月16日 金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所へ行ってやる。 時間空間を問わない自由無碍の働きを現わして下さるのであるが、私共は一歩でも金光大神に近づかせて頂かねばなりません。 金光大神も楽、私どももお…
和賀心教典 第18節 1987年10月16日 此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。 ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受け…
和賀心教典 第17節 1987年10月16日 神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな。 一、今朝或る方がお参りして来て「今度住居が三里ほど遠くなりますので、今迄の様に日参が出来ません」と言う。 「信心は自分で工夫しなければ、近くに居っ…
和賀心教典 第16節 1987年10月16日 無常の風は時を嫌わぬというが、金光大神の道は、無常の風が時を嫌うぞ。 いうならば、金光大神のいわれる事を、教えておられる事を、確かに金光大神は本当な事を教えてある、嘘を教えておられないという事の実証者…
和賀心教典 第15節 1987年10月16日 氏子が真から用いるのは神もひれいじゃが、寄進勧化をして氏子を痛めては、神は喜ばぬぞ。 真心から御用させて頂く(用いる)と神のヒレイがどの様に氏子の上にひびいて来るかを、今日、親教会の月次祭に参拝させて…
和賀心教典 第14節 1987年10月16日 神は荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさる。 心が荒れてはおかげにならぬ。家の内が乱れておっては神さまがお嫌いなさる。『おかげは和賀心にあり』『信心は家内に不和の無きが元なり』とおしえておられます。輜重輸卒が兵…
和賀心教典 第13節 1987年10月16日 神は向こう倍力の徳を授ける。 倍力の徳をうけられる様な向かい方とはどんな信心だろうか。先ず考えてみなければなりません。 かまきりの暑さに少しつかれみせ日まわりの幹太くしてはげしさも これは昨日、少年少…
和賀心教典 第12節 1987年10月16日 神に会おうと思えば、にわの口を外へ出て見よ。空が神、下が神。 「天地神明に不足を言わず」とは、久留米教会の初代石橋先生のおことばであります。このような御精神があの大徳を受けられた元と思われます。昔より…
和賀心教典 第11節 1987年10月16日 神は天地の守りじゃから、離れることはできぬぞ。 天地を守ってござると同時に、小天地である私共も一様に御守護下されてあるのですから、お守りを受けていることを悟り、神恩に報ゆる生活が出来ねば、人間の求めに…