和賀心教典 一、幼少の時を忘れて親に不孝のこと。 1987年10月16日 道徳的な親孝行とは、大変違う場合がある。真実、親に喜んでもらうということ。次の金光四神様のお言葉をもって知れ。「親に孝行して神に不孝し、親に不孝しておる氏子がある。親に孝行して親に不孝し、そして後に親…
和賀心教典 一、物事に時節を待たず苦をすること。 1987年10月16日 信心して時節を待つということは、最高のおかげを受けることである。「受け物が悪ければ、おかげが漏るぞ」とある。受け物を完全にするための時間を与えて下さるのである。そういう意味で、いよいよ成り行きを大切に…
和賀心教典 一、腹立てば心の鏡のくもること。 1987年10月16日 腹が立つ時は、自分の患い上がりと知れ。自分は悪くないと患い、これで良いと思うところに、腹が立つのである。心がくもれば、おかげは写らぬ。高橋正雄先生のお言葉みることみることじぶんをみること(昭43・6・…
和賀心教典 一、天の恩を知りて地の恩を知らぬこと。 1987年10月16日 地の御恩徳を分かれば、自ずと天の恩は感得出来るものである。その為に、大地の心を知り、大地の心を心としての修行が必要である。大地の心とは、己をむなしゅうすること。尚かつ、その心で奉仕すること。限りなき天…
和賀心教典 一、人の不行状を見てわが身の不行状になること。 1987年10月16日 悪いことを見て、自分まで引き込まれぬよう、強い信心が必要である。人の無信心になるのを見て、自分まで不信心になる人がある。連鎖反応を起こすのである。(昭43・6・24) 「未に交われば赤くなる」濁った社…
和賀心教典 一、神国の人に生まれて神と皇上との大恩を知らぬこと。 1987年10月16日 神国とは、人の世のこと。皇上は、その国の長のこと、その時代の長にあたると思われる。国恩を知れということである。どこの次部やら太郎やら分からぬようになっては、人間、世の中が立ち行かぬ。(昭43・6・16…
和賀心教典 一、真の道におりながら真の道をふまぬこと。 1987年10月16日 四神さまのおことば「十のよいことをするよりーつのわるいことをすな」真の道とは、このようにみやすいものである。(昭43・6・19) 天地の間には一つの生命が流れておる。その一つの生命が、それぞれ人間氏子…
和賀心教典 一、信心する人の真の信心なきこと。 1987年10月16日 真の人を目指すこと。実意丁寧の化物にならぬよう心掛けること。真の修行をせずして、真の信心は生まれぬこと。真の修行の第—は、自然の働きを不足に思わず、素直に受けて立つこと。真の信心には、生き生きとした喜…
和賀心教典 一、口に真を語りつつ心に真のなきこと。 1987年10月16日 一心不乱の御祈念の一時こそ、口も心も一味一体の時である。真の芽が出る時でもある。これを育てるのが心行であり、教えに従うことである。(昭43・6・20) 口は自在なものですが、心にもないことを口にすると…
和賀心教典 一、わが身の苦難を知りながら人の身の苦難を知らぬこと。 1987年10月16日 自分の苦しい体験で、人も苦しかろうと、分かっておるだけではならぬ。それが祈りに、または他が助かることのための行動にあらわされなければならぬ。(昭43・6・21) 病気でおかげを受けた先生のところでは病…