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今日のご理解(2021年10月21日)

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金光教教典p670の8節です。
理Ⅱ・福嶋儀兵衛師の伝え・8
明治四年は私の四十一歳前厄に当たるので御本社に参拝し、心にかかる不安を申しあげたところ、金光様は、
「天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい。常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる」
と仰せられた。そこで、どの信心にも行があるが、どのような行をしたら神様のみ心にそわしていただけるかということをお伺い申しあげると、
「世間には、水の行、火の行などがあり、いろいろの物断ちをする人もあるが、此方にはそのような行はしなくてもよい。巡礼のように白い着物を着て所々方々巡り歩く暇に、毎日の家業を信心の行と心得て勤め、おかげを受けるがよい。世のため人のため、わが身の上を思って、家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神様のみ心にかなうのである」
とみ教えくださった。

教会長ご理解

またの御理解には、
 「われを放れれば神になるというが、人間、生きておる間は達者繁盛を願い、百姓が五穀成就を願い、商売人が商売繁盛を願うのは当たり前の欲じゃ。われを放れねばならぬというて、商売人が損をしたり百姓が五穀をよう取らなかったり、人間が早死にをしたりしたら国はもたぬと知れ。(理Ⅲ・尋求教語録・170)」
 とあります。人間の欲望というものはやっかいなものですが、教祖はそれを否定はしてありません。「当たり前の欲じゃ」と、また「家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神様のみ心にかなうのである」と。
 考えてみると、そうやって人間社会は成り立っているのであり、おかげでそれぞれが立ち行っているのです。「神も助かり氏子も立ちいく」世界が神様の願いですから、否定しようのないことです。
 また、「天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい」とあります。
 かわいいわが子ゆえに、お叱りなさるということもあろうかとは思います。あるいはまた鍛えなさることもあるでしょう。這えば立て、立てば歩めの親心、というものです。ですから、一切が神愛という教えにも到達したのです。
 けれどもそこは生身の人間ですから、「大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる」というところを頂きたいものです。人間が人間らしくありたいと思います。
 要するに、信心とは天地の親神様といかに親しくしていくか、ということが決め手ではないでしょうか。
「常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける」とある、ここを頂きたい。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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