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今日のご理解(2021年10月14日)

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金光教教典p656の5節です。
理Ⅱ・難波なみの伝え・5節
おかげを受けるのも受けないのも、わが心である。卯の年、よく考えてみよ。信心のしかたしだいである。

教会長ご理解

 信心の仕方を知るには、やはり教祖の御理解集を頂くほかありません。他の伝えには「信心はわけを知らねばできぬぞ。・・・・もし、知れぬことあらば、才崎(片岡次郎四郎の広前)へ行ってたずねて、教えてもらえよ。才崎へはよく教えてある(理Ⅰ・市村光五郎1・48)」とあります。教典の後ろに「尋求教語録」という片岡次郎四郎師の伝え集がありますので、その中の、「・・・・と金光様は言うてござったぞ」や「金光様は・・・と言うてござった」というところを頂くべきでしょう。
 人物誌で片岡家一族のことを見ますと、次郎四郎師の長男の死がお道の機縁となってあり、後に次郎四郎師が建てられた才崎教会の後継は次男の幸之進師が継いであります。
 その幸之進師についてはこう書いてあります。
 「幼少の時から信心に触れ、疑いを持つことはなかったが、若い時には俗気が多く、親の跡を継ぐ気になれなかった。しかし、次郎四郎が死ぬ四日前に、枕元へ呼ばれて、「お前は神のお陰を受けて生まれてきているのである。思えば何ともお礼の申し上げようもないほど有り難いことである。わしも今年は六十歳で神様の御下へ立ち帰る時がきたが、お前は家の財産のみ相続して、教会の後相続をするか、せんか。神の御用の相続をするか、せんか。性根を据えて返答をせよ」と厳しく迫られた。このように言われて、自分の出生の時、金光大神から、「若葉は神が授けた子なれば、神の気にいらぬ時は、何時でも連れて帰るぞ」と言われたことを思い出し、後継することを確約したという」「次郎四郎にならって、夜明けから日暮れまで結界奉仕することを決心し、三年の間、扇子や火鉢を使わず、結界を離れても膝を崩さない修行をした」と。
 片岡次郎四郎師は、亡くなる四ヶ月前から病床にありました。それが、亡くなるわずか四日前のやりとりで後継することを決心したというのです。
俗気が多くてはいけないのでしょうか。神様の御用をする者は俗気をなくさねばならないのでしょうか。冬も火鉢を使わずとありますが、教祖さまには神様から炬燵があてがってありました。また御理解にも、「寒い時は、こたつにあお向けに寝て、胸に手を置いて心の凝りを取って神様に向かえとすすめたのである。(理Ⅱ・伝承者不明の伝え・21)」とあります。
 何か厳しい肉体の修行をせねばならない、という観念が直信たちにもあったようです。つまりは過去の伝統宗教における修行観念というものが、一般にも広がっていて、そうせねば神霊と交流できないと思い込んであるのです。ですから、後の者が継ぐことをなかなかしづらいのです。教祖が説かれたのはみやすい信心です。それこそ「水をかぶったから真である、水をかぶらないから真がないとは言えない。食わずの行をするのは、金光大神は大嫌いである。食うて飲んで体を大切にして信心をせよ。(理Ⅱ・佐藤光治郎の伝え・18)」とあります。各教会、各先生方には、それぞれ信心の仕方があります。それを流儀と言えば言えるでしょう。その流儀に沿わねばおかげもあらわれない、というなら困りますが、そういうことが時々あるのです。
 「神は社家のならわしといって、守りの心のとおりになられる。(理Ⅱ・近藤藤守の伝え・2)」との御理解がありますが、これが各教会の流儀の正体です。才崎には才崎の流儀があり、その流儀を守るのが本当かのように神様も合わせなさるのです。そのとおりになられるのです。ややこしいですね。
 信心の仕方は金光大神様の流儀にならいましょう。みやすい信心をして、みやすくおかげを受けながら、神様の御用というものも、みやすく後継できるようにしましょう。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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