今日のご理解(2021年9月16日)
教典P102のお知らせ事覚帳の1節
明治六年二月十七日おしらせ
天地乃神とは、日天四 月天四 丑寅未申鬼門金乃神のこと。神のこと家内中忘れな。人を頼むことすな。良し悪しし、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし(せ)。とにかく、内輪きげんよういたし(せ)。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。
教会長ご理解
考えてみれば、幕末から明治の時代にかけては、制度が何度も変わり、もう変革だらけで、庶民にとっては実のところ迷惑千万の時期だったと思います。260年間というものは平和が続いていたのが、維新という内戦が始まり、明治となってからも戦争続きの日本となってしまいます。新政府は藩というものを無くし、統一日本とするため、政治としての宗教政策を執り、それまでの神主職を廃して、人々を教導する教導職制度を設けてそれにあたらせます。
それによりこの時に教祖さまも神主職を失うことになり、それで、立ち行かなくなると「家内、子供まで心配仕り候」とあった時のお知らせです。ですから家族に向けてのお知らせなのでしょう。
神様からすれば、「私を誰だと思っているのか。日天四 月天四 金乃神ぞ。天地三神ぞ。天地そのものぞ。私のことを忘れな。人頼みをするな、私に任せよ。心配するな。世間に流されるな、世はかわりもの。五年の辛抱をせよ」と仰せられたようなものです。
「五年の辛抱」とは、五年後の明治十一年には子息の萩雄様が祠掌という神職の認可を受けられますので、そのことなのでしょう。
その後のお言葉が素晴らしいですね。
「とにかく、内輪きげんよういたし(せ)。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな」と。
そういうたいへんな時こそ、家内中機嫌良くし、もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事も無駄口を言うな、とあるのです。まさに信心は家内に不和のなきが元なり、なのですね。人間、平穏無事なときなら円満でしょうが、それとは反対の、たいへんな時こそ、和賀心であることが大切なことと、教えてあるのだと思います。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
