今日のご理解(2021年9月15日)
石原銀造師の伝え・5節
金光様から、
「作徳のおかげを受けよ。人の田にできた物は、五升取っても盗人であると言われるが、わが田にできた物は、一俵余分にとっても、人はうらやましがるだけで何とも言わない。一年まさりのおかげを受けよ」
と教えられ、二、三反甘蔗を植え、よくできてもうけさしていただいた。また、普通は反に七俵くらいできる田に、お願いしたら八俵取れ、次の年には九俵、その次には十俵、その次にも、また十俵取れたが、その年は米の値がよくて、また一年まさりのおかげを受けたことがあった。
教会長ご理解
稲の品種改良や肥料農薬の進んだ現代では、普通九俵取れると言います。教祖の時代は七俵ぐらいが普通だったのですね。それも「ウンカ」という害虫駆除のために水田を歩き回るために、かえって稲の根が傷んで、酷いときには、一俵も取れない田もあったと記録されています。
また田植え時に日照り続きの年があり、そのため村の総代表が教祖のもとを尋ねて、いっそのこと今年は田植えをしない方が良いのでは、とお伺いに来たこともありました。植えても種籾が無駄になるだけではないか、というのです。
それに対して教祖は、「雨が降る降らないは言わない。とにかく出来る範囲でもしておかねば、先で雨が降っても米が取れまいが。汲んだ水を担いで当てても種取ぐらいは出来る。一日も早くしておくのが先のためになるぞ」
と御理解されるのでした。翌々日、雨が降り出し、ついに大雨となったのでした。教祖の言われるとおりに田植えを仕付けた所は豊年となり、それでも田植えをしなかった所もあったと言います。
「作徳のおかげを受けよ」と仰せられています。その要領を次の御理解で仰ってあります。
「この作をと思いついたら、それを三月にまく時、もみを供えて立派にできるように願い、五月に植える時には、よく生い立ちますようにと言って願って植え、秋、穂が出たら、立派に実るように願えば、作徳がいただけるからなあ。(理Ⅱ・石原銀造の伝え・6)」と。
先日からの御理解に「何をする時にも金乃大神様に御願いあげ」「いろいろの仕事をする時にも、一々御願いあげ」と実意丁寧に願っていくことの大切さを説かれてある通りなのです。
ついめんどくさがってしまうのも人間ですが、実意丁寧は、おかげを受ける要諦のようです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
