今日のご理解(2021年9月11日)
市村光五郎氏の伝え 3・44節
「『人がやかましゅう言うて来れば、表はひいて、わら細工をしたり、田んぼをしおれば、みなそこへたずねて来る。そこで話をしていなす。拝むことは夜にしとる』と言う人もある」
とのお話もあり。
「金神様は『表はひそかにしておっても、氏子、心違タガわずば金神はおかげはやる』とおっしゃる。金神様とわが心と、違わぬことが肝要なり」
教会長ご理解
教祖の時代、各地の直信たちも布教ではいろいろと苦労がありました。布教と言っても、外に出歩いて布教するわけでなし、ただ訪ねてくる人の願い事を聞いたり、御理解しているだけなのですが、それでも、噂を聞いた山伏達が乱暴狼藉をしにきたり、あるいは官憲が咎めにきたりと、未公認なだけにいろいろと困難なことがあったのです。明治時代の宗教政策は現代と違ってたいへん厳しく、既存の伝統宗教以外はほとんど認められませんでした。また、山伏達は日柄方角占い・けがれを祓うまじないなどをして金銭を得るのが、経済的手段でしたから、それを日柄も方角も見なくともよい、不浄けがれもない、などと言うお道の教えは到底うけいれられるものではありませんでした。また、たとえばお産の仕方の教え一つでも、それまでの常識とは全く違うものです。家族や親類からもいろいろと反対もあったことでしょうし、「金神狸を退治してやる」と息巻く人もいたといいます。
それで表向きは百姓仕事をしながら、そこに訪ねてくる人だけに話をしたり、夜になって御祈念をしたりと、それぞれで工夫をしてあったのです。また、公認された神道の教会に一時は身を置く人もあったぐらいです。
それに対して神様は心が違わないならおかげはやる、と保証してくださったのです。また、
「表は何派についておっても何宗旨でも、窓のふた(表向きのこと)。心違わずば金神は氏子守る。(理Ⅰ・市村光五郎3・38)」と仰せられています。
信心するにも良い意味での緊張感ただよう時代ではあったのです。今日のアフガニスタンにおけるキリスト教徒ぐらいのことと言えば大袈裟でしょうが。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
