今日のご理解(2021年9月2日)
松本太七の伝え・1
先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。
教会長ご理解
教祖さまの御理解を通して頂きますと、「神徳」ということもいろいろな意味を込めて御理解してあることが分かります。天地の親神様の天地の御恩恵としての神徳、信心する者が受けるおかげを神徳によるものと、信心する者への神様の御信用としての神徳、天地の親神様との親密な交流によるおしらせなどの神徳、また、明治十六年に佐藤範雄師の尋ねに対して神徳とは寿命長久のことと説明もされてあります。
「先の世まで持ってゆかれ」とは天地の親神様との間柄によるもののことでしょう。「子孫までも残るもの」としては、親の財産を子が受け継ぐようなものでしょう。
「寿命長久」とは「死んでからも拝んでもらえること」という意味もありましょう。また、実際に寿命長久ということでしょう。教祖さまが亡くなられる二ヶ月前に覚帳に書かれた言葉に、「ご膳は食べん日あっても、一日もお広前さしつかえなし。二十七年このかたのこと」とあります。前々からご自分の祭り日の十日に、それも旧暦と新暦と日が重なる年、すなわち明治十六年十月十日に神上がりすると予言してあったこととあわせても、まさに無病息災・寿命長久のお手本を示されたことになりましょう。
問題は「信心すればだれでも受けることができる」と仰ってある点です。ここも難しく考えることなく、素直に頂きたいものです。すなわち天地の親神様と仲良うさせて頂き、いつでもどういう場合であっても、都合の良いおかげを受け続けていくことです。死んでからもおかげを頂き続けられるような関係を、天地の親神様との間に今のうちに作っておくことだと思うのです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
