1. 和賀心教典

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第95節

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世には神を売って食う者が多いが、此方は銭金では拝まぬ。神を商法にしてはならぬぞ。

御祈祷料があったり、お守札に定価がついていたり正に商売、商品に等しい。お道の教師たる者、教会家族の生活立ちゆきのため同様の教会状態であるとするなら、神を商法にしているも同じですから猛反省がなされねバなりますまい。

只今、或る信者から葡萄の初なりのお供えがあったが「お陰で出来ました」の御礼のお供えなら有難いが「今年も出来るだけ高く売れますように」というのであったら、これも神を商売に利用しているも同然である。(昭47・7・15)

無欲は大欲に通じる(昭和52年)

人の世に生まれ 五十年

或いは八十年

営々として衣食のためにのみ働いて

何一つ取り上げることの出来ることなく

この世を過ぎてゆくのだということを感じた時

即ち夢の如く幻の如くこの一生を過ごして来たのだと思うとき

いよいよ淋しい悲しい思いにおそわれるだろう

神の願いを明らかにし永遠の願いに生き目覚めよ

今天地の開ける音をきいて 目をさませ このこと一つを明らかに

するためにこの世に生をうけたのだということがはっきりすると

飛び立つばかりの喜びがわいてくるのです(信楽1節)

信心の目的が、只自分の我情我欲をみたすことだけのものであるならば「神を商法」にしているのです。いよいよこの世に人間として生をうけし目的を明らかにし、永遠の願いに生き目覚めたいものです。(昭58・7・24)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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