第78節
神の機感にかのうた氏子がすくない。
身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。
神の機感にかなわぬと、身代もあり力もあるが、まめにない。まめで賢うても身代をみたす(尽くす)ことがあり、また大切な者が死んで、身代を残して子孫をきらしてしまう。神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ。
『神のおかげを知れば』又『神の大恩を知れば』子孫も続き身代も出来、一年勝りのおかげを受けることが出来ると教えられるのですから、神のおかげが神の大恩が心から深く広くわからせて頂く信心を修養させて頂くことが大事です。先ず神の機感に適うた氏子にお取立て頂かねバなりません。その手掛かりとして本当の自分を知り改まってゆくことです。
他のこと他の人のことが気にかかる内ハ自分のことがてんで空になっているのです。神のおかげがわかるために、ここのところから修養これにつとめて下さい。(昭46・7・29)
神の機感に適わぬと、身代があっても健康であっても人間が出来て居るようであっても真の幸せは許されません。信心によれバ先ず人柄が変わり、家柄が良くなってくる。神の大恩がわかってくるから日々が神恩報謝の心が厚うなってくるのです。神のおかげを受け神の大恩がわかれば『無事健康で子孫も続き身代も出来一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来るぞ』と御教え下さるのですから、その実証者とならねバなりません。(昭52・7・30)
『円生法』この天地の働きの中には円くしよう円くしようという働き以外にないのです。その丸くしようという働きと、丸くなりたいという願いが一つになる時、神様の一大威徳を頂くことができる。
『身代と人間と健康とが揃う』というように、この天地には足らわせようという働きがある。にもかかわらず、なぜ互い違いになるのか。
そこのところを神様は『神のおかげを知らぬから』だと指摘しておられるのです。一年三百六十五日、丸々おかげ日であり、起きて来るすべての成行きが神愛の現われと分かった人こそ、神のおかげをおかげと知った人であり、神の大恩が分かった人ということになります。
信ずれば あちらもこちらも おかげの世界 ただ夏は暑いなり 冬は寒いなり(昭58・7・7)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
