第74節
かわいいと思う心が神心じゃ。
人間の頭ではわからぬ心、しいて言うなら慈悲心、愛の心を一つにしてねがう心、有難き勿体なきの心の充満した心とでも申しましたらよいでしょう。
ゴキブリを見たら憎らしくて殺さねバ居れぬと言う人に「私もころしますがコロス心の中で、この次にはもう少しましなものに生まれ変わってくるようにと祈りながらころします」と答えました。
わが心が神に向かって一歩一歩神に近づき、神の心をわが心に頂いてゆくのがお道の信心です。(昭46・7・25)
神心とは無条件の愛、無条件の慈悲、無条件の真心。商売敵と思うて居た人のことを祈らずにおれぬ心、自分の事を憎んだり悪口を言う人のことを祈り願わずにハおれぬ心。神心はお道の信心の目当。(昭52・7・26)
この天地には氏子可愛いの一念が満ちあふれているのです。しかし、その神心の内容は決して撫でさすりして下さるばかりではありません。獅子は我が子をも谷底につき落とし、這い上がって来た子しか育てぬという。これも又、我が子可愛いの親愛の一面でありましょう。
「一切が神愛」これほど完璧に神心を表現した言葉はない。今、難儀を感じるなら、今こそ、神様の神愛があなたの身の上に成就しているのです。(昭58・7・3)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
