1. 和賀心教典

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第71節

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ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。

夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。

たとえば野球を見物する多くの観衆、中で試合をする選手達。見物するのも楽しいが、試合をする人達ハもっと楽しく、日頃の練習にもの言わせ実力を競い合う喜びは、勝手も負けても又格別であろうように、信心も又、見たり聞いたりするだけでなく、信心者の選手をめざさねバ本当の信心の有難さは望めません。一にも稽古、二にも稽古であります。(昭46・7・22)

天地の道理をあらゆる角度より、余すことなく説きあかしてあります。楷書で書き、ある時は行書又ハ草書で書くように、稽古次第で自由自在にいただけるように説かれています。

限りないおかげの世界に有難く楽しく遊ぶ心地で導き入れずにはおきません。尽きぬみかげを永遠に頂ける確信が心の底から泉のように湧いてまいります。『まめな時ここへ参って信心の稽古をしておけ』とは、なんでもない時、不断の精進を強調しています。(昭52・7・23)

痒い時に掻いて貰い、痛い時にさすって貰うだけの信心なら稽古はいらぬ。痛い事もおかげ、痒い事もおかげとわからして貰う為には、真の信心を目指す一心の稽古が要る。またの教えに『彼もおかげであった此もおかげであったと云う事が了解るようになる。さうなれば真実の信者じゃ』とある。(昭57・7・31)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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