1. 和賀心教典

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第65節

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日柄方位は見るにおよばぬ。

普請作事は、使い勝手のよいのが、よい家相じゃ。よい日柄というは、空に雲のない、ほんぞらぬくい、自分に都合のよい日が、よい日柄じゃ。いかに暦を見て天赦日じゃと言うても、雨風が強うては、今日は不祥のお天気じゃと言うではないか。日のお照らしなさる日に良い悪いはないと思え。

事をなすに当たって、よきことを願い悪しき事のなきように祈るが、日柄になり方位になるのである。悪しきを言わず思わず行わず、心は常に安らかなり。その上、天地の道理を知れば、千人力なり。迷いは失せて常時が天赦日なり。なるほど『自分に都合のよい日が吉い日柄ぢゃ』と悟るべし。(昭46・7・16)

金光教の信心をさせて頂くものには日柄もなけれバ方位もない。鑑札を持って車に乗るようなもの。無鑑札で乗るから日々が不安であり、ビクビクで過ごさねばならぬ。実は日柄も方位も人間の心がつくるもの。御取次を頂いての日々は有り難く又楽しいものである。信心させて頂く者にとっては毎日が天赦日である。(昭52・7・17)

鳥や獣には日柄も方位もない。人間にだけあるはずがない。天地の恩恵の中に生きるものは総て、人間も動物の仲間である限り、生きる自由の与えられておる事をわからねばならぬ。(昭57・7・25)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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