1. 和賀心教典

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第55節

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信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ。

賃を取ってする仕事は、若い時には頼んでもくれるが、年をとっては頼んでくれぬ。信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ。信心をすれば一年一年ありがとうなってくる。

「私」が無くなって行くにしたがって、一年一年有難うなってくる。有難うなってゆかないなら、それはおかしいと気づき、我力をとり改まって信心してみよ。必ず有難い心が頂ける。年をとるから位がつくのではない。有難うなること自体が位である。信心ハえらくなるとか、かしこうなる稽古でなく有難くなる稽古である。(昭46・7・6)

信心ハ我をとる稽古である。我があるとおかげハ受けても有難くもなれない、徳も受けられぬ。信心しておっても我をとる精進に気を入れない限り、我が有難いものを吸いとってしまう。有難い心が育たぬとするならば、我が邪魔になっておると悟らねばならぬ。我ほど自分を苦しめるものはない。(昭52・7・7)

おかげおかげの信心では有難い心は育たない。本心の玉を研くことが信心だと悟って信心すれバ、自然と有難くもなれ、信心の位もついてくる。(昭57・7・15)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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