1. 和賀心教典

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第54節

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徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない。

神徳を受けたからというて心配がないという訳ではない。心配の内容が変わるだけである。

信心のない者、信心のうすい者がする心配をせんですむだけである。心配のあまり夜も眠れぬというのでなく、ただ有難い勿体ない心配である。(昭46・7・5)

損得を任せ、生死までも神さま任せになれた時の状態が『心配はない』の時である。神徳を受けるということは、神を信じ神に信じられる事である。私共の場合あまりに心配なことが多い。

そこに信心の精進が求められるのである。不思議に不安から安心の世界が開かれ、闇の世界から光明の世界に移り住むことが出来る。既に神徳の世界である。(昭52・7・6)

まず御神徳を受けたい。ある人は「金光教の信心は一切をおかげにしていく道だ」と説かれた。合楽では「一切をお徳にしていく道」を教える。先ずは『一切神愛論』のマスターから。(昭57・7・14)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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