1. 和賀心教典

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第46節

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痛いのが治ったのでありがたいのではない。いつもまめながありがたいのぞ。

百味の飲食が頂けることも有難いが、何を食しても美味しいことは、それにもまして有難いことであります。地獄で仏とか暗夜に光明とか申しますが、信心して極楽の境地を開き、いつも仏の中にある世界を創造していくのです。

今朝より、ある婦人のお届けに、信心を頂くようになって私の周囲の人達がみんなよい人に見え、親切な人ばかりであるのに気づきました、ともうされますので、既にあなたの周りは観音さまや菩薩さまばかりですね、と申しました。(昭45・7・28)

「本日もおかげさまで火難、盗難、水難、家内安全、無病息災の大みかげを蒙りまして、誠に有難い一日でございました。厚く御礼申し上げます」との祈りは、毎晩、就寝前のご祈念の時の心からの御礼の詞です。

それには、このことは毎朝、心よりのご祈念の内容でもあるわけです。痛い思いをする前の願いの信心が必要であります。いかにも欲張った信心のようですが、おかげを受けねば信心の真を現わすことが出来ませんから。(昭51・7・29)

目先目先の信心から、あの世此の世を通して通用する信心を頂けと言うことである。くノ一会の伊藤さん、こちらへ参拝の道中、しみじみと思うたことは、合楽にご縁を受けたおかげで、あの世まで持ってゆける信心をうけることが出来ると思うて頭をあげると、前方を「萬代」と書いた車が走っていた。いよいよ感動したというのである。魂の世界を信じなけれバ真の信心は出来ぬ。(昭57・7・6)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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