1. 和賀心教典

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第44節

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人は万物の霊長なれば、死したる後、神にまつられ、神になることを楽しみに信心せよ。

狐狸でさえ、神にまつられることを喜ぶというではないか。人は万物の霊長なれば、死したる後、神にまつられ、神になることを楽しみに信心せよ。

お道の信心による神格開眼です。金光さまの信心をして居るから神になるのではない。神になる道を行ずるから神に祀られるのです。万物の霊長としての霊徳を研き清めてゆくところに霊長としての自覚が生まれます。少なくとも真の信心の有難さ楽しさが身につき、吾ながらわが心がまつれる信心に向きが変えられねば、神になる楽しみは生まれません。

芝居講談で見ききする狐狸ですら、どこどこの山に千年の修業をかさねた狐とか神通力を得た狸とか申しますからね。その為の修行が要るのは当然のことです。(昭45・7・26)

教祖は『この世で神にならずして、あの世で神になれるか』と教えています。神になるとは、霊長としての値打ちを発揮することです。我情我欲をはなれることです。そこには霊徳、神徳が渾然として一つになる世界があります。いわゆる『神徳の中に生かされてあり』の実感です。『死したる後、神にまつられる』ということは、吾が心が神に向こうて行くことを楽しみに生涯かけて精進して行くことをいうのです。(昭51・7・27)

金光大神の道は、凡夫の身そのままに神に至る道なり。出家することもなく、修道院に入ることもなく、人間を幸福にせずにはおかんという神愛に触れながら・・・・・・。その親神の思いにふれる時、いよいよ神の道をたどらずにおられない。(昭57・7・4)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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