第33節
お供え物とおかげは、つきものではないぞ。
お供えものは神は要るらん。要らんものを供えたからとて、おかげには関係ない。然し、そのお供えものが自らの身の清まりを願うてのもの、又は、神恩報謝の心がそこに現わされるものであれば、身に徳がつく。それとても、その功徳が遍く一切衆生に及ぼす働きがなされねば、徳にはならぬ。お供えする氏子も一生懸命なら、それを取次ぐ者も一生懸命、又、それを行使するものを一生懸命。(昭45・7・15)
鮮やかに捧げる
捧げる物とか金に、おかげが伴うのではない。その鮮やかな捧げ尽くす心におかげ(徳)がつくのである。(昭51・7・16)
親が子に無条件にお乳を与えるようなものではなかろうか。氏子私共も又、無条件に親神に尽くせるように育たねバならぬ。無条件と無条件の出合い、そこに『天地人一如』の世界が開かれるのです。(昭56・7・24)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
