1. 和賀心教典

アイコン和賀心教典

第2節

イメージ画像

先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。

神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。泳ぎを知らずには水中に飛び込むことは出来ぬ。神徳の中にあっても氏子に信なければ神徳を受けることは出来ぬ。泳ぎの術を知れば自由に水中を泳ぎまわることが出来るように、金光大神は天地が自由になって下さるような道を誰でもうけられ、わかるように教えて下されてある。その気になれば誰でも受けることが出来る。神徳をうけるということは泳ぎのコツと同じである。あの世この世を自由に泳ぎまわれるおかげを受けようではありませんか。(昭44・7・19)

すべてが神さまの御働きの中にあることと信ずればこそ、悪く言われても、笑われても、叩かれても、又、どのような場合にも人情を捨て神情一つで受けとめてゆけるのです。ここで『神徳は信心すれば誰でも受ける事が出来る』と仰せられたのは、このような信心を言われたものと思います。所謂「信ずればなり」であります。(昭50・7・14)

最高にして最大の内容を持つ宗教。それは『信心すれば誰でも受ける事が出来る』と言う神徳。神徳の世界に住む手立てを教えられた教祖の教えの中心になるものは『天地日月の心』である。それを具体的に言うと『成行きを尊び頂く』ことである。神さまの働きそのものを大切にすることハ、神さまを大切にすることになる。お祀りをしておる神さまばかりを大切にして、御働き其のものをお粗末にしてはお徳にならぬ。その根底には『信心は本心の玉を研くもの。信心は日々の改まりが第一』とすることは勿論である。(昭55・7・24)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

アイコン更新・日程