一、大酒大食するは絶食のもとになるぞ。
信心があっても、暴飲暴食すれば体を害することはわかった事であるが、なかなか出来難いことで、信心する者は有難詞、勿体なしが伴わねばならぬ、ということを教えられたものである。
〇何でもお粗末にすることは、神さまへのご無礼と知れ。
〇おみきのうちは有難いが、お酒になると酔狂になる。(昭43・7・30)
お角力さんは大食するだけ大きくなり力もついてくる。食後が肝心である。少量食べても、食うては寝、食うては寝すれバ牛になる。適量の酒は自他を益し、量を過ぎれバ自他共に害する。(昭49・7・6)
あれを食べてはならぬ、之ハ飲んではいけぬという戒律的な教えハない。人間らしい生き方を自然に則して教えながら、絶食の元になるようなことは神さまにもご無礼、自らも身体をこわすことになると教えられたところに、金光教十全の教え躍如たるものを、やさしく感じさせるみおしえである。(昭54・7・16)
信心がなくても誰でも合点のいく御教えだが、実行することハ容易くて難しい。教祖の御教えとして改まって頂く時、容易う教えを血肉にすることの出来る教えである。(昭60・7・14)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
