1. 和賀心教典

アイコン和賀心教典

一、神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ。

イメージ画像

はじめて聞いた神の教 はじめて知った真の道 信心のなかった昔の事がくやまれ、現在の道によって助かり、歓喜の中に私があり生活がある。此の喜びが、まだ知らぬ人達の上にも願われるおかげをいただきてこそ、はじめてこの御教えがわかったといえよう。(昭44・7・15)

大学の門をくぐり裏門から出た人が、「大学に行った」「門をくぐった」と言った。笑い話である。信心も只教会の門をくぐった、という人がある。信心の血にも肉にもなって居ない。信心の素通りである。教えも守らず真の道も行ぜずでは、おかげは受けても人間の幸福にはつながらぬ。これでは哀れとも悲しいとも言いようがない。楽がしたいからの信心ではやはり哀れにつきる。楽はさせて下さるのでなければ本当の幸福につながらぬ。(昭50・7・10)

天地金乃神さまの御心がわかれバわかるほど、信心のない人共の姿が哀れにも又悲しくも見えてまいります。ここから起きてくる情感をもって示現活動に参画することが、どんなに尊く且つ親神さまの御心を少しでも安んじまつることとも相成ることでしょう。ここにはじめて神と氏子の『あいよかけよ』の働きが起こり、神も助かり氏子も立ち行く世界が開けてまいります。神さまにお喜び頂ける世の清まりと人の助かりを願う一念を、燃やしてゆきたいと念願して止みません。*示現活動参画 示現とは神さまが不思議な働きを示し現わすの意。そういう活動に参画すること。参画とはその計画にあずからせて頂くこと。(昭55・7・20)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

アイコン更新・日程