一、真心の道を迷わず失わず末の末まで教え伝えよ。
真心の道を正しく教えて下さるのは、此所御広前よりなし。教会を中心にした、お取次を頂いての生活を子にも孫にも教え伝えておかねばなりません。教えるもの自身が、迷うことのない失うことのない真の道のおかげをうけておかねば、伝えるにも伝えようがありません。(昭44・7・17)
徳の雫が小川に落ちて川に流れて大海に注ぐ。そこにはすでに一雫のみずでなく大海の水そのものであります。祖母の信心ハ素朴そのものでした。お土を異常なまでに大切にしました。特に食物ハ一粒の米でも押し戴きました。御祈念の時ハ私共三人の孫の名前を称えながら「どうぞ世のお役に立つ氏子にお取り立て下さい」と繰り返し繰り返し、唱えるように願って居りました。其のような信心が両親に伝わり私共に伝承され、今日の合楽があります。お土を大切にし食物をおし戴く心ハ、そのまま天地の真を真として受けていた姿ではないでしょうか。又、祖母の祈りはそのまま神さまの願われる心と同じではなかったでしょうか。(昭50・7・12)
片島せんというお徳の高い先生が居られました。或る時、大きな手洗石がお供えになりました。神様にお届けをなさり「この大きな手洗の水が一日でなくなりますような沢山の氏子をお引き寄せ下さい」と願われました。神さまより何の受け応えもありませんでした。尚、お願いをなさると神さまより「なぜ真心を求めて来る氏子をと願わぬか」とおさとしがありました。神様が求め給うのは真の信心であることがわかります。残るのはお徳であり真の信心であります。同時に、毎日、子供に孫に伝わる信心を願わねバなりません。どうぞ神さまのお役に立つ氏子にお取り立て下さい、と繰り返し願うのです。(昭55・7・22)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
