一、真にありがたしと思う心 すぐにみかげのはじめなり。
おかげを受けたから有難いと言うのは、真に有難しではない。心が浄化されるから有難い。これが真の有難しである。真に有難いというのは、神の心に会うということで、即ち「会心」である。会心の喜びこそ真の有難しである。
〇心のスピードアップを願え(昭43・7・20)
真実のことがわかるところから心に湧きおこる心情を真に有難しと言うのです。今の今まで難儀と思うていたことが、神愛とわかる時、限りない喜びが湧いてくる。幸と不幸は、紙一重のものです。そこ深く 静かにしずかに湧き出づる 愛の真清水 くみてのまばや(昭48・7・27)
論理もて説き得ぬ不思議をねむごろに 説き明かしあり合楽理念は「真に有難し」とは内には我が心が拝めるとき、外には天地の大恩が悟れたとき。わが心が拝めていよいよへ信心が深められ、天地の大恩が悟れてはじめて、信心が大きく広く育つのである。(昭53・7・17)
鍬をもつ手に天地の心しみじみ味わえば 思わず感動自らおこる(昭54・7・6)
慚愧の涙にかきくれる時 初めて起こる感動が発心につながる時 与えられるのが「真に有難しの心」であります。 信心とは、この有難しの心を育ててゆく精進であります。(昭60・7・4)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
