一、家柄人筋を改むるより互いに人情柄を改めよ。
幸、不幸は神さまのお陰を頂き、はじめてお許しを受けねばならぬことがわかります。許されるということは私共の心次第でありますから、家柄人筋は幸不幸にはかかわりありませんのに、人間の見栄や気位ばかりで家柄人筋を申します。つまらぬことです。同時に神さまの機感にもかなわぬことです。家柄人筋がもとで昔からどのくらい悲劇が生まれたかわかりません。プライドを捨てたところから美しい人情柄が生まれます。(昭44・7・4)
喜びあふれる思いやりは、どんなにか人を喜ばせ元気づけ、人の心を生かす動きになるかわかりません。人情柄を改めるということは家庭内だけでなく、社会での人と人とのふれあいの場でも表わせるおかげをうけたい。明るい社会、豊かな家庭をつくりたい。人も助かり自分も立ち行く道を進めて行きたい。それには教えを行ずる生活者であらねばならない。(昭49・7・30)
百姓ハ百姓同志、商人ハ商人同志でなけれバ話も合いません。が、一度其の気を起こして商売に縁のない人が商人になろうと決心し、百姓を知らぬ人が百姓を覚えようと一念を発起して之につとめるとき、見違えるように商人になり切り、又百姓が身について、その楽しみまでが身についてくる。諺に「氏より育ち」ということがあるが、育とうとする所に、育てるというはたらきも加わってくる。人情柄も家柄も同じことである。(昭55・7・9)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
