1. 和賀心教典

アイコン和賀心教典

一、疑いを放れて広き真の大道を開き見よ。わが身は神徳の中に生かされてあり。

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先ず目出度くなること。即ち、馬鹿とあほうになること。疑いを知らない私になること。信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮し、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々嬉しゅう暮せば、真の道も神徳の中にあることも自ずとわかるものである。(昭43・6・29)

『いかされてあり』此の事実は信うすきものも信なきものも認めぬわけにはまいりません。信心とは疑いをはなれただけでなく、神徳の中にある自分をいよいよ広く厚くわかり信じてゆくことであります。大道とは生神金光大神取次の道であります。(昭48・7・6)

おかげを受け、これほどの神の働きを身をもって実証し、神を疑い神を知らぬ氏子に神の認識をさせてゆくのが、おかげを受けた者の使命である。が果たして、おかげはうけても信心をうけていないから『我身は神徳の中にいかされてあり』の実感をもたない者が多い。実感なければ神ハ現われて下さらぬ。(昭53・7・16)

落ちない汚れも、石鹸を使用すれば容易に落とすことが出来るように、信心も頂いてみて初めておかげがわかり、神の働きを信じられるようになる。信心も重ねて行くうちに真実の信心もわかり、真実の神を信じることが出来るようになる。広大無辺の神徳の中にあっても信心なければ、それをわかることは出来ない。(昭59・7・14)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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