一、ご地内をみだりに汚すなよ。
『神徳の中に居っても氏子に信なければおかげはなし』信を受けるために神さまを粗末にしてはならぬ。粗末にすれば粗末にされ、大事にすれば大事にされる。御地内をけがさぬだけでなく大事にしよう。穢して居る者がおれば、かわりにお詫びをさせて頂こう。そして清めよう。このような信心に信が頂ける。道の行者になろう。理屈ぬきに実行することだ。大地を清める。なんと素晴らしいことだろう。大地の声が聞こえるようだ。大地ハ一切のものを産みだす母体なのだ。(昭43・7・7)
私は少年の頃から大地をよごすことをやかましく言われてまいりましたから、訳はわかりませんままに、それを実行してまいりました。福岡での修行中の頃は穢さぬだけでなく、神様のお指図をうけながら大地を清めて廻りました。信心は理屈ではありません。この肉体も一度は大地に還らねバなりません。還る所をきれいにする精神です。(昭48・7・14)
私の祖母ハ私共が幼少の頃、怪我でもすると金光さまを唱えながら、傷口にお土をつけてくれました。日頃、大地を拝み、お土を御神体と信じて大切にして居る者でなけれバ出来ることではありません。(昭53・7・24)
金光教信者の常識です。ダイヤは、価値ある宝石ですが、その大小で値打が違うように、金光教が明教というても、頂き方の比重が、明教としての値打を現すことになる。大地の尊厳、如何に頂いておるか、確かめてみる必要がある。(昭59・7・22)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
