今日のご理解(2023年8月23日)
理Ⅰ・山本定次郎の伝え・2
明治九年二月九日、旧正月十五日、卯の年の男(山本定次郎)はじめて参拝仕り。続いて参詣仕り、み教えを承り、日増しに信心進み。たびたび参詣すると認められ、
「たびたび参るのはよろしいが、親に安心を与えておき、信心せねばならん。何日に参拝せんと思えば、仕事をくり合わせて都合をつけて、親に弁当の世話をさせんがよろしい」
とみ教えを受け、それより、弁当を持たんことにして参るようにいたしました。
教会長のご理解
山本定次郎師、この時二十一歳です。教祖の所にたびたび参拝する姿を親がどう見ていたかが、何となくうかがえるような気がします。それというのも、同伝え1の最後に、「み教えのごとく病人全快したれども、その後、引き続き信心するにいたらず。なにゆえと言えば、金神狸という評判に恐れて参詣を中止しいたり。」とあるからです。
もともと母親が産後の肥立ちが悪くて「血の道」という婦人病になって足が立たなくなり、それで、父親が教祖のもとに参って祈願したことが始まりでした。それでおかげを受けて全快したのですが、それは元治元年の事であり、教祖がまだ神主職の資格を持たないときのことでした。それで山伏などが、「金神狸を退治してやる」などと言って妨害などを盛んにしている頃なのでした。人は世間の評判というものに、なびきやすいものです。おそらくは、息子が教祖の所にたびたび参拝するのを、心配してあったかも知れません。
そういう意味で、親に負担となるような、仕事の差し支えになるような、信心していて、そのようなことにならないようにという、教祖の教導だったのでしょう。反対に、良い意味で「信心する者は違うわい」と言われるぐらいな、そういう人間になりなさい、との指導があっていたのです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
