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今日のご理解(2023年8月22日)

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理Ⅱ・市村光五郎の伝え・9

私(金光大神)が大病の時に親類も寄り合っていたが、どうすることもできなかった。なかでも親しい親子者が、私が日ごろ信心しているので、見てはいられないと言って拝んでくれた。子の方が祈念して、親の方がごあいさつするということで、吉備津様のお下がりがあった。
「金光は、本宅をこしらえる時、ご無礼があった」と言われたのに、親の方が、「ご無礼はない」と押し切った。それも無理はなかったのである。本宅を建てる時には、暦の表は十分に改めてしたのであるから。
しかし、私は「ご無礼がないと言ってくれなければよいのに。私の命が危ない」と思った。そのように心には思っても、口がからんで、ものが言えなかった。そこで、「自分でものが言えないのはつらいことである」と思い、心でお断りを申した。すると、ありがたいことに口も体もゆるんできて、自由になった。神様は口では言わなくても、心さえ届けばおかげはくださるものである。
そこから、吉備津様がお許しくださり、「金神を信心すれば、お供米を授けてやる」と仰せられて、米と豆とが幣帛について、それをお下げくださった。そして、「この後、信心すれば、一生まめで米をいただかせてやる」とのことで、それから小さいお宮をこしらえて、一心にわが家で信心していた。そうすると、みなが「拝んでくれ」と言って来だした。


教会長のご理解
教祖が書かれた自叙伝とも言える「金光大神覚書」にある記述と一致する伝えです(教典10pの4~12pの9)。その時の心境もうかがえるものとなっています。
「心でお断りを申した」「神様は口では言わなくても、心さえ届けばおかげはくださるものである」と教会長のご理解あります。教祖の真・真心に神様が感応された瞬間です。むつかしい信心をされたわけではありませんね。正直に、御無礼、不行き届きを、お詫びされただけなのです。お願いすらしてありません。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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