今日のご理解(2021年10月27日)
金光教教典p380の32節です。
理Ⅰ・山本定次郎師の伝え・32
子供を叱るのに、狐が来る、こんこ(狐)が来ると、恐れさして行儀(しつけ)する人もある。このように悪いことを言うて叱らぬようにするがよろしい。子供の時から、子供の心が丈夫でおるように、体が丈夫になるように、教えつつ楽しむがよろしい。
教会長ご理解
子供の養育についての教えも少なくありません。ここでは「子供の時から、子供の心が丈夫でおるように、体が丈夫になるように、教えつつ楽しむがよろしい」とあります。心身丈夫であるようにと、親なら誰もが思うことでありましょう。「教えつつ楽しむがよろしい」とは、小さなお子さん達がそれぞれ成長するつどつどの楽しみを言ってあるのでしょう。教祖のご家庭では、三人のお子さんは亡くされましたが、五人のお子さんを育て上げてあります。その過程でさまざまに思いを巡らせられたことでしょう。
片岡次郎四郎師の尋求教語録に、
「子供を叱るのにでも心得ておれ。あほうをすな、ばかがと、言うたりして叱ってはならぬ。お利口じゃからすなと言え。子供も、お利口じゃからとすまいと思うて利口になるが、あほう、あほうと言うと、あほうじゃからしてやれと思うて、あほうになるぞ。(理Ⅲ・尋求教語録・164)」
とあります。子供の心はやはり親が植え付けるのでしょう。心しておかねばならないことです。まして、天地の御恩徳を尊び、天地の神様を敬う心も、やはり親の信心が影響しましょう。親は熱心な信心をしてあったのに、子供には全く伝わってないという例がいくらもあります。そもそもお道の信心というものをどのように思っておられたのでしょうか。
お道の信心は世間で言う信心というよりも、人として普通の心がけであり、当たり前の礼儀であり、まさに人が歩む道なのです。そういう本質が分からないまま、何か特殊なことをしているかのように錯覚してあるのではなないでしょうか。これまた世にあまたある宗教のせいでしょうね。
四代教主金光様のお歌に、
「世話になるすべてに礼をいふこころ 手を合はすこころとしきりに思ふ」
とあります。そういう普通の感覚が伴うような子育てでありたいものです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
