今日のご理解(2021年9月30日)
斎藤宗次郎師の伝え・17節
「金光様、御願いあげます。私宅には家内中むつまじゅういきませんが、いかにいたしたら、むつまじゅうになるでありましょうか」とお伺い申すと、金光様ご理解に、
「それは、信心するがよい。信心は家内に不和のなきがもとなりということがある。なんでも、もうけをすると思うて、物事をこらえるが第一。言わんがもと。家内中心得て信心すれば、万事おかげくださる」
とあり。
教会長ご理解
ほんとうに大切なことは、家内中が心得て信心するということだと分かりましょう。ひとり信心して、黙って治めるとか、成り行きを尊ぶとか、もちろんそういう取り組みも大切でしょうが、やはり家内中が心を揃えて信心することが一番大切なことだと思います。
合楽初代のおかげの土台も、家族中が心を一つにして信心してあったというところです。それは生身の人間ですから、いろいろとアクシデントやトラブルもあったことでしょう。けれども結局は銘々が信心になるほかはなかったということでしょう。そうやって家内中が信心するなら、家内中におかげが充ち満ちるということになります。また、「世には勢信心ということを言おうが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢して、よいしょと一度に元気を出して力をそろえれば持ちあがるも同然じゃ。(理Ⅲ・尋求教語録・201)」というものです。大きな問題でも、皆で力を揃えれば解消できるというものです。
ましてお道の信心ほど、普遍的で当然のものは他にはないでしょう。ファンタジーや占いや気休めやこむずかしい哲学のようなものとは全く違います。人として至極普通の当たり前の道を歩むのです。
人間としてこの世に生を受けた事実を見つめ、生かされて生きていることに、先ずお礼を申しましょう。いつもの御理解ですが、常に心がけましょう。すなわち、
「信心といっても別にむずかしいことはない。親にものを言うように、朝起きたらお礼を申し、その日のことが都合よくいくように願い、よそへ行く時には、行ってまいりますと言ってお届け申しあげよ。そして、帰って来れば、無事で帰りましたとお礼を言い、夜寝る時にはまた、その日のお礼を申して寝るようにすれば、それで信心になる。(理Ⅱ・平野五良四郎の伝え・2)」を。
そして、またの御理解に「現今は学問の世の中ゆえ、理屈はよく言うことになりたれども、天地と神様との恩義をしだいに知らぬようになりたゆえ、難儀しだいに多くなる。理屈ではゆかず。(理Ⅲ・教祖御理解・22)」とあるここだけは避けねばなりません。
家族みんなが心を揃えて、人としての道を歩むことです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
