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今日のご理解(2021年9月4日)

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福嶋儀兵衛氏の伝え・14節
明治九年の春のころ御本社に参拝した時、金光様はお書付四枚をお下げになり、
「大阪から参って来た仁村という人にこれを授けたが、わがことにかまけて人の難儀を思わず、自分だけの信心に固まっておかげを落としてしまった」
と話され、
「氏子がおかげを受けてくれなくては、神様も此方もうれしくはない。氏子がおかげを受けずに難渋しているようでは、神の役目が立たない。氏子が立ち行かなければ、神も金光大神も立ち行かない」
と仰せられた。

教会長ご理解

 またの伝えに次のようにあります。
 岡山のある人が商売上のことを願ったところ、
「その方の家には病人があるのに、それをほっておいて願いもせず、不孝な者である」
と言われ、「よく考えてみると中風で動けない老人がいます」と申したら、
「それをほっておいてもよいか」
と仰せられた。「治るでありましょうか」と申したら、
「老人だからといって治らないことはない」
と仰せられ、信心して全快した。(理Ⅱ・伝承者不明の伝え・2)
 家に病気で寝込んでいる者があるなら、「よく考えてみる」までもないことでしょう。家族の病気のことは放っておいて、商売のことを願ったことに、神様がとがめられたのでしょう。総じて人間とはそんなところがありましょう。自分の関心事以外は眼中に入らないのです。ついついわがことにかまけて、自分だけのことばかり考えるのです。たいていお話も耳に入りません。教えも聞きません。残念なことです。
 ここでは「おかげを落としてしまった」と仰せられていますが、本当におかげを落とすまでは、様々にお気付けを頂くと言われています。互い違いが連続していったり、成り行きにひやひやするようなことが続いたりと。それでも「言うことを聞かぬ子は、親もしかたがあるまいが。(理Ⅲ・金光教祖御理解・20)」であって、「神が残念に思うだけ」なのです。
 なかでも、思い違い考え違いをしている氏子の難儀さを思います。本当でないことを本当と思い込んでいるのです。それで難儀してある方がたくさんあります。全ての人間が立ち行くような世界に向かわねばならないのですが。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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