今日のご理解(2021年8月30日)
神訓 信心の心得
(48)一 神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ。
教会長ご理解
合楽の初代がよく仰ってあったのが、自分が難儀をしていることに気づいていない人がある。世の中はこんなものだ、人生とはこんなものだ、と思って難儀な中にある人がある、と。
海外のニュースを見ておりますと、アフガニスタンの悲惨な様子が飛び込んできます。空港に集まった大勢の避難民の中で自爆テロがあり、それこそ老若男女子供から赤ちゃんまでが、大勢亡くなり、大勢が負傷しています。
国が混乱していることで大変な悲惨さが続いています。実に哀れなことです。それも宗教による対立が原因というのですから、真の神様の教えも、真の道も知らぬ人の哀れさそのものなのです。
間違ったことでも、それを本当と思い込んでいる、考え違い、思い違いをしている、その真っ最中なのです。けれどもそれぞれが正しい道を行っていると信じ込んでいるのです。
改めて思いますね。教祖金光大神様は、信心という信ずる道を説かれたと言うよりは、真心という真心(しんじん)の道を説かれたのだと。それも、道理に合う教えを説かれたのだと。道理に合う、道理に合わない、ということは大切な要素です。どんなに高尚そうな教えがあっても、道理に合わないことなら意味はありません。信仰者がよく申します。「・・・・と私は信ずるのであります」と。けれどもそこに道理はありましょうか。道理に合わないなら、やはりそれは間違いということになります。
「見たこともない所のことを見たように、ないものをあるように歌に詠む歌人もある。此方は、見ない所を見たように、ないものをあるようには言わない。この六畳一間の内を動かないが、ここにいながら天地の大道理を伝えるのである。(理Ⅱ・藤井広武の伝え・1)」との御理解の「歌に詠む歌人」を「教えを説く宗教」に変えたら分かりやすいでしょう。
どのように伝えていったら、よりよく伝わるでしょうか。一段と工夫のいることでしょう。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
