1. 和賀心教典

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第98節

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心は信心の定規じゃによって、お伺いする時には、とりわけ平気でなければならぬ。

落ち着いて静かに願え。

「今日ハ慈悲の日、又は愛の日、神の日」と日々を神に向かう心を作る為に精進したら、さぞ有難いことであろうと思う。迂闊にしているところに、いざと言う時に「平気」な心を失うのである。

平気とは平静心のことであろうが、自分の心の状をみつめての日々でありたい。暑い寒いの中にも、毅然とした修行の心が生活の中にとけ込んだ生活を、信心生活と言うのである。おきてくる様々な問題を自分の心のバロメーターとして真の信心を進めたい。(昭47・7・19)

習字の稽古をするのに、最初は楷書から一点一画をおろそかにせぬ事が大事であるように、神さまに向かう心も、正しく落ち着いて静かに願う稽古をしてゆくうちに、流れるように行書草書が書けるように、神さまとの交流が頂けるようになる。(昭和52年)

「右に行くべきか、左に行くべきか」

このような事は日常の生活の中で、事柄の大小はありましても度々出会うものです。そのような時、ほとんどの人が自分の好き嫌いや損得、常識的善悪で判断してその左右を決めて、めげる方へめげる方へ行っているのです。本当は神様は角々に「さあ右だよ、さあ左だよ」と方向指示を出しておられるのです。

この指示に従っての生き方を、天地のリズムに乗った生き方というのです。この道は広がりに広がった道なのです。その神様の神意を分かるために平静心がいるのです。平静心の根本はままよの心です。因みに、まだその神意が分からぬなら、嫌いな方、損な方を選べばまず間違いないようです。

得の道より徳の道(昭58・7・27)  

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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