第81節
氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。
十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。
咲いた桜が柳に聞いた
梅が答えて信心辛抱
信心には桜のいさぎよさ、柳の素直さ、梅の辛抱づよさが内容として必要である。なぜならお道の信心は神の心がわかり、そのみこころに添わせて頂くにあるからである。
みこころを、わかればわかるほど一切が合掌の対象でないものはない。『向こうへ降りたら安心ぢゃ』とはこころところまで心境が進んだ時、神様が安心して下さる。その安心が私どもに返ってくる。それが向こうへ降りた時である。(昭47・7・1)
おかげ信心ではつらぬけぬ。
信心ハ嬉しゅう楽しゅう愉快に出来る工夫が要る。
何としても天地のリズムにのった信心でありたい。(昭和52年)
生きることは辛く苦しい。「生かされて生きる」ことが悟れば、嬉しく楽しく愉快なもの。我力辛抱では辛く苦しく怪我の元。信心辛抱に、神様が前になり後ろになっておかばい下さる。
山登りのコツは
迷わず 失わず
急かず ゆるめず
有難く(昭58・7・10)
何としても天地のリズムにのった信心でありたい。(昭和52年)
生きることは辛く苦しい。「生かされて生きる」ことが悟れば、嬉しく楽しく愉快なもの。我力辛抱では辛く苦しく怪我の元。信心辛抱に、神様が前になり後ろになっておかばい下さる。
山登りのコツは
迷わず 失わず
急かず ゆるめず
有難く(昭58・7・10)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
