第73節
変人になれ。変人にならぬと信心はできぬ。変人というは、直いことぞ。
『変人というは直いことぞ』
直い事とは本当のこと、真直いことの意。本当のことをなす人を変人と言わねバならぬほど変人は少ないのである。学生に「勉強と信心はどちらが大切か」というと勿論「勉強ハ学生の本分だから」というであろう。けれども、つまるところ勉強も人の幸せにつながるものでなければならぬ。すると信心はその根本になるものである。
信心を先に立てて勉強をとると、人は変人というかも知れぬ。「信心と勉強」「勉強と信心」二つにして一つ、信心と勉強との対立のない世界がそこから開けてくる。それが信心である。信心とは信ずる心である。(昭46・7・24)
ここで変人と言うのは、真実のことをわかろうと意欲してつとめる人を言うのです。人間の身体の中にも「感じる」ところと「感じない」ところがあるように、神さまは真の変人ぶりを発揮する人間に感じなさる。(昭52・7・25)
変人と直い人の違いは、自分の我を通そうとするか、神様の思いを徹しぬくかの違いです。変人とは、信心によって人間の性から神の性に変わって行く人をいうのです。即ち変人とは「変神」のこと。他人に笑われても神様に笑われぬ生き方をしたいものです。(昭58・7・2)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
