1. 和賀心教典

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第69節

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信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。

その日その日のおかげが足らんような思いから、信心が間違ってくる。

信心はどこまでも我ながら我が心をまつれるようになるけいこである。信心は容易いものと仰せられるのは、例えば自動車の運転を覚える酔え名もので、覚える気になれバ誰でも覚えることが出来るようなもの。覚えようとしないからむずかしいものになる。(昭46・7・20)

ご参拝の時間が惜しい、お賽銭が要るという人には信心ハ難しい。神さまが参らせて下さる、お供えもさせて下さるということがわかれば、信心は容易いだけでなく有難いものになる。このような信心が十年も続いたら、間違いなく我が心がまつれるようになる。このような信心生活が出来ておると他の真似の出来ぬような大きな、然も勿体ないようなその日暮らしが出来るようになる。(昭52・7・21)

好きこそものの上手なれ。信心が好きにならねばならぬ。それには信心の好きな人の話を聞く事。信心の奥処を尋ねる楽しさ、喜ばしさ。我が心に合掌出来る心には限りがない。信心の節目節目を大切に。節から芽が出る枝が出る。(昭57・7・29)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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