1. 和賀心教典

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第47節

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祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。

病気の時は医者、死んだら坊主、果たして医者と坊主でよかろうか。人間がいよいよの時、どんな無信心者でも何かに縋らねばおれぬという。その縋らねばおれぬ心の比重の相違が祈れ薬れになったり、薬れ祈れになるのである。『薬れ祈れにするからおかげにならぬ』ということは、病気が治らぬということではない。

次の高橋博志先生のおことばで知ることが出来る。「お取次を頂いておきてくることは、よいことわるいことみなよい。お取次を頂かずしておきてくることは、よいことわるいことみなわるい」御取次の働き、その作用の微妙さが教えられている。(昭45・7・29)

病気だけのことでなく、すべてに神さまを中心にしてという御神意です。今朝、福岡の龍さんが御礼参拝されました。先日より宮崎に縁についておられるお嬢さんより、お孫さんの急病の知らせがあり、すぐ来てくれとのことであった。取り敢えずお取次を頂いてと、こちらにお願いに見えました。そこで、私ハ貴女が宮崎に行かれたからといって、病気が治る訳でもありません。あちらのことは神さまにお任せして一心にこちらにお参りなさい、と申しましたから心が決まり、毎日参拝でき、今日の御礼参りの出来るおかげになったのです。(昭51・7・30)

『くすりはどくです』と教えて下さるのですから、毒薬変じて薬になるおくり合わせを願わずにはおれません。(昭57・7・7)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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