1. 和賀心教典

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第34節

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火花を散らすほどのものがあって、はじめて真の神の真実にふれることが出来るのである。

ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。神と氏子の真実がぶつかり合う。火花を散らすほどのものがあって、はじめて真の神の真実にふれることが出来るのである。

浪花節の文句ではないが 女は客に惚れたと云い 客は来もせで又来ると云う うそとうそとの色里で 恥もかまわず身分まで よう打明けてくんなました

そこから、相手の真実を射止めたようなものではなかろうか。私共の場合、神さまに嘘や掛け引きがあるようなことはあるまいか。実に神に一心とは迷いのない事ぞ。(昭45・7・16)

もう五、六年にもなりましょうか。或る日突然、「今日よりはサイダーを飲むな、コーラかジュースにせよ」とお知らせを頂いた。それ以来、サイダーを飲んだことはない。何故だかわからない。伺うたこともない。ただ神さまがそう仰せられるからである。まして天地の道理に基づいて、懇々と又、切々と然も頼むように説き聞かせて下さる御教えを守らない事は、勿体ない限りである。改まった心で一心に迷わず「拝聴」「実行」することこそが、お徳を受けることになるのです。(昭51・7・17)

信心させて頂くものとして大切なところをみ教え下さってあるのです。心の内を改めることの大切さ、教えを守らねばならぬこと、神に一心とは迷いのないこと等々。神徳のめぐみのなかにかみありて うじこありてのしんじんしんとく(昭56・7・25)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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