1. 和賀心教典

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第28節

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井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。

病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。

わかり切った道理をもって説いておられますが、なかなか出来る人は少ない。お道の信心は、ふぐ料理を食するようなもので、繰り返し繰り返しの水洗いが肝心で、天下一品の珍味を食しようと思えば、その手数と度胸を求められます。井戸は清水になるまでのおかげを受ける為に根気と根性が大切です。少しばかりのおかげに腰掛けず、湧き出るばかりのおかげを頂きたいものです。(昭45・7・10)

「吾、無力無能無才にして」の自覚。あなたにすがらねバ助かりようのない私。あなたのおかげを受けねバここ一寸動けぬ私。一切をお任せするわり他に道のない私。それでもお役に立ちたい一念を燃やす時、あいよかけよの無限の道は開かれるのです。途中で止めるにも止めようのない道が。(昭51・7・11)

信心辛抱しぬいた後の感動が力となりメグリのお取り払いともなるのです。感じたことが神さのを動かすのです。まこと、真と申しましても、感動のない真では通いません。(昭56・7・19)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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