1. 和賀心教典

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第5節

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生きた神を信心せよ。

これまで、神がものを言うて聞かせることはあるまい。どこへ参っても、片便で願い捨てであろうが。それでも、一心を立てればわが心に神がござるから、おかげになるのじゃ。生きた神を信心せよ。天も地も昔から死んだことなし。此方が祈るところは、天地金乃神と一心なり。

生きた天地を生きた心と生きた教えによって、いわゆる生きた教学(天地の道理)によって、天地金乃神と一心になれる道を教祖生神金光大神は樹立された。昨日はじめて人間が月の世界に第一歩を印した。正に科学の勝利である。大変なる度胸といえよう。その度胸は科学を信じ、人間のもつ力の限りの訓練によった賜物である。日日の修行により神さまの働きの間違いなさを体験する所から、不動の信念ができる。と同時に神徳を科学する、又は信心を教学でわかれば月の世界に行けるほどのことが出来る。信心の力も教学して得られる道を教祖は教えられた。教祖は教学の大家であると同時に、それに対する弛まざる修行修練をつまれ、天地の大徳を受けられた不世出の御方と言えよう。(昭44・7・22)

自己満足的な信心から、神も立ち行き氏子も立ち行き、喜び合い満足し合える世界にまで発展出来る道が、金光大神によって生き生きと開かれた。『此方が祈る所は天地金乃神と一心なり』と仰せられる金光大神の御取次による、生きた天地の働きをそこに集中してメグリを断ち、おかげを授けて下さる働きとは、なったのであります。(昭50・7・17)

浅くも深くも頂ける御教えです。只、片便の願い捨て的過去の宗教観念から言えば、お道の信心ハ大変便利で有難いようですが、いよいよ頂いて帰る。そこから、其の奥にある御神意を悟らせて頂く時、限りなく深遠なものとなるのです。『此方が祈る所は天地金乃神と一心なり』という深甚かぎりない広大無辺の御神徳にふれてゆく時、願い捨て的信心では得られぬ金光教独自の一切神愛の世界に没入してゆける。天地金乃神と一心なりの境地も開けてくる。(昭55・7・27)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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