一、神徳を受けよ 人徳を得よ。
神徳は信徳、人徳は仁徳 人徳は人に真心であれば得られるが、神徳は、信心によらねば受けられぬ。信心して真の人になり、神様の信用を受けねばならぬ。神徳を受け、何事にも信心になれバ、人徳は自ずとついて来るもの。神徳、人徳を兼ね備えて、はじめて人の幸福はある。(昭43・7・21)
やれる腕があるからするという人がある。持って居るから出すという人がある。こうした生き方には、限界がある。必ず行きづまりがある。「我」の生き方だからである。我をとれバ神徳を受けることができ、人徳を得る事もできる。(昭48・7・28)
道徳的生き方をする人に人徳がつき、超道徳を身につけるれば神徳が受けられる。心が培われ、悟りの境地が開かれる。この世にあるうちに真の信心により神徳をうけておきたい。尊きは真なりけり 真とは真理を求めて限りなくすすめてやまぬ心なりけり 現世をおへて先の幽世までももって行けるは神徳ぞ 残しておけるも御徳のみ(昭54・7・7)
最高の穀物といわれる稲、麦も放任しておっては収穫は得られない。人間も神の氏子といっておるだけでは哀れな生涯で終わらねばならぬ。我情を鎮め、我欲をコントロールする精進を怠ってはならない。お道の信心によって神の氏子としての値打ちを発揮できるおかげを頂きたい。(昭60・7・5)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
