一、我情我欲を放れて真の道を知れよ。
真の道を知る前に真の人になることにつとめねばならぬ。我情我慾を捨てた姿こそ真の人の姿である。我情は自分の思いで、我慾は恵まれる以上のものを慾する心。真の人になることにつとめるところに、吾、神のふところにあることを悟ることが出来る。(昭43・7・28)
『欲しいものも考えることもいつのまにかなくなりましてなあ。有難うて有難うて・・・・・・』これは三代金光様のおことばです。この心境こそ我情我慾をはなれた者のみが味わうことのできる真の世界であり、思い以上、欲する以上のおかげの世界がそこにあるのです。(昭49・7・4)
大神の威徳にふれる歓喜ハ 我情我慾をふり捨てて 神の御胸に抱かれてこそ 話を聞いてわかるだけでなく、我情を放し我慾をせず、そこから真の道が開かれる。我があっては真の和ハ生まれぬ。真の和があれバ光は与えられる。光があれバ真の道がハッキリわかってくる。(昭54・7・14)
我情我欲を放すとは、無心没我とは内容が違う。我情我欲を放れると、いよいよ情が強く深くなる。欲は益々、膨れてくるものである。私心を放れての欲であり情である。(昭60・7・12)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
