1. 和賀心教典

アイコン和賀心教典

一、忌み汚れはわが心で犯すこともあり払うこともあり。

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私が信者時代の頃です。

親先生と大奥様のお供をし御本部参拝の時の事です。

大奥様のはかれた履物のハナオが新しいのにもかかわらず、何かの拍子に切れてしまったのです。其の時、大奥様は「ああお陰頂いた、途中ででも切れたら大変困るところであった」と神さまにお礼を申されました。これが我が心で忌穢を祓われた姿です。出がけにハナオが切れた、縁起でもないと受ける所に縁起でもないことが起こるのです。これは我が心を犯したのです。(昭44・7・10)

すべての事に御の字をつけて頂ける内容が出来ると、穢すことも犯されることもありません。信心にも度胸が要ります。神を信ずることから生まれる『ままよの心』をつくってゆくのです。ままよの心の前には、たとえ悪神邪神といえども、これを避けて通るのです。何事も御事柄として頂ける心と信心度胸、いわゆる『ままよの心』が出来れば、いよいよ鬼に金棒です。(昭50・7・5)

『清濁一如』  神様から御覧になれバ本来清も濁もない。神の心を心とする生き方を体得させて頂くのがお道の信心ですから、それに近づく一歩一歩の精進が「さとり」となって、大悟とまではゆかずとも有難い心の状態が開けてきます。
本音と建前とのコントロールが出来るのも神の願い。神のみこころを根底としてのコントロールでなけれバ横着になることがあります。心して土の心を基調としてゆけば間違いません。心は信心の定規ですから。(昭55・7・15)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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