一、体の丈夫を願え。
体が丈夫でない者に対する御教えと思う。どうぞ元気にならして下さいというのである。病気をしても、怪我をしても養生することは必要である。医者が病気を治すのでも薬が癒すのでもない。癒し治して下さる働きは神様である。只その促進をはかるのが医者であり薬である。その真実を知って丈夫を願い、全快を祈らねばならぬ。『祈れ薬れにすればおかげも早 いが薬れ祈れにするからおかげにならぬ』と教えて下さることがよくわかります。(昭43・8・2)
楽を願ってのことのみでない。お役に立ちたいの一念が願わずにおられぬ。
痛い苦しいというても生きて居るしるしと思えばお礼が言える。(昭49・7・9)
私の健康管理はどんなに苦しく、きつい時でも弱音をはかぬことです。「きつい苦しいと言うと死神が集まる」と頂きました。以来、きつい苦しいと言わずお陰を頂いております。結構な修行をさせて頂いていると御礼を申すことです。これハ金銭面の事でも同じ道理です。金に困るとか「貧より辛いものはない」と思うたり言うたりすれバ貧乏神は離れません。何事によらず有難く頂く事は、神さまに対する間違いのないお答でもあります。(昭54・7・19)
健康は一切を+にする土台である。大切なことは、力余って「とりこぼし」にならぬように慎みが肝要である。(昭60・7・17)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
