立教神伝(安政六年十月二十一日)
『立教神伝』
この幣切り境に肥灰(農業)さしとめるから、その分に承知してくれ。外家業はいたし、農業へ出、人が願い出、呼びに来、もどり。願いがすみ、また農へ出、またも呼びに来。農業する間もなし、来た人も待ち、両方のさしつかえに相成り。なんと家業やめてくれんか。其方四十二歳の年には、病気で医師も手を放し、心配いたし、神仏願い、おかげで全快いたし。その時死んだと思うて欲を放して、天地金乃神を助けてくれ。家内も後家になったと思うてくれ。後家よりまし、もの言われ相談もなり。子供連れてぼとぼと農業しおってくれ。此方のように実意丁寧神信心いたしおる氏子が、世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ。神も助かり、氏子も立ち行き。氏子あっての神、神あっての氏子、末々繁盛いたし、親にかかり子にかかり、あいよかけよで立ち行き。見逃してならぬことは神伝が下るまでの教祖の信心、即ち、天地金乃神との又とない無類の親密な交流のことである。
だからこそ家業を止めて天地金乃神を助けて呉れ、ということにまでなったのである。
氏子の助かりが神の助かりであり、神も立ち行き氏子も立ち行くこと、『氏子末々繁盛致し親に掛り子に掛りあいよかけよで立ち行く』このことが神の願いであることを肝に銘じて居らねバならぬ。
神伝をお受けなされた教祖の命がけの其の当時の御心を信奉者私共ハ忘れてはならぬ。
〇「人間ハとかく苦労を忘れると貴族化してまいります。宗教にとってこれが一番恐ろしいことであります。親のあとを継ぐということは家や財産をつぐことではない。親の御苦労をつぐということである」永井肝四郎師述の中より(昭47・7・22)
天地開闢以来はじめて人の世に宗教以前の宗教、金光教は生まれた。
親神の情理をつくした神願ハ厳しいようで優しく、やさしいようできびしい内容とはなった。
即ち『死んだと思うて欲を放し』然り、『家内も後家になったと思うてくれ。後家よりまし、もの言はれ相談もなり云々』然りである。究極の神の願いは神も助かり氏子も立ち行く合楽世界顕現である。(昭53・7・1)*合楽世界とは、神様と人間氏子が楽しみ合い拝み合う世界。
この立教神伝を拝読させて頂きますと、神様の血を吐く様な御悲願を感ぜずにはおれません。
この神伝は決して教祖御一人のものにしてはなりませぬ。
お道に御神縁を頂いた者の使命として、各々がこの御神命をしかと受けとめて頂きたいのです。神、人を求め給うこと真に切なり(昭58・7・30)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
