一、腹立てば心の鏡のくもること。
腹が立つ時は、自分の患い上がりと知れ。自分は悪くないと患い、これで良いと思うところに、腹が立つのである。心がくもれば、おかげは写らぬ。高橋正雄先生のお言葉みることみることじぶんをみること(昭43・6・22)
腹立ちのない世界は不平不足のない世界。腹立ちのない世界こそ、博愛、衆に及ぼしてゆける世界。腹立ちのない世界すなわち金光大神の世界。腹立ちのない世界ハ、喜びまたハ安心の世界に通じ、おかげ無尽蔵の世界に到る。(昭47・7・30)
神愛と受けたらお礼が言えた。修行と受けたら、元気な心がモリモリ湧いてきた。相手の心を思うたら、祈らずにおれぬ。こんな人が世の中にはたくさんおると思うたら、悲しゅうなった。これは、神の悲しみとも思えた。事に当たって、いよいよ深く広く祈れることば、誠にもって有り難しの極み。*こんな人とは、ささいなことで腹を立て、身を苦しめておる人。(昭53・7・9)
親先生「この御教えをどのように受けておるか。また何故腹を立ててはならんのか。簡潔に。」
若先生「腹が立つ時は謙虚な心のない時だから、神様の働きがそこで切れる」
光昭先生「腹が立つ心とは小さな心だから、おかげがそこ止まりになってしまう」
幹三郎先生「一切のもの、一切の成り行きとの交流が出来ない」
栄四郎先生「一切を神様の働きと、寛大な心で受けて受けて行きたい」
*人に頼れば腹が立ち神に頼れば比礼が立つ*馬鹿とあほうで道を開け(昭59・7・7)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
