一、神はわが本体の親ぞ 信心は親に孝行するも同じこと。
神ハ、人間だけでなく万物の親であることは、言うまでもないことである。『信心は親に孝行するも同じ事』ここのところを頂く以外にない。「どうぞ完全なる氏子にお取り立て下さい」と、ただ願うよりなし。又、その精進よりなし。(昭43・7・2)
一、親孝行とは親に安心してもらうこと。
二、その上よろこんでもらえば最高の親孝行であること。
三、そのためには先ず親の心をわかること。
四、親の喜びを自分のよろこびとすること。
五、このような心で信心してみれば、なるほど『神は我本体の大祖』であることがはっきりしてくること。(昭48・7・9)
一、親孝行の心で参ってこい
二、親孝行の心で教えを受けよ
三、親孝行の心で教えを守れ
親孝行には限りハない。限りないおかげを受けて、親神様じゃナァという実感はつのるばかりである。『神は我本体の大祖ぞ』ということを、心で肌で体得してゆくのが限りなく有り難うなるのです。(昭53・7・19)
金光教の信心の独自性を端的に表現された御教えである。信心させて頂いておるうちに、「なるほど親だな、親神さまだな」と実感せずにおられないおかげの世界が開かれてくる。孝心の情をもって信心させて頂かねばならぬ。(昭59・7・17)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
