1. 和賀心教典

アイコン和賀心教典

一、清き所も汚き所もへだてなく天地乃神はお守りあるぞ わが心に不浄を犯すな。

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我が心に不浄を犯すな

不浄とは「不成」のこと、成就しないこと。おかげになるだろうかと疑うことは、心に犯したことになるのである。桃の花 こいすむ池や うすにごり(昭43・7・4)

或る婦人へのお取次のお話。

下の病気でお参りして来た婦人に対して御神米をさげて、これを患部にお祀りするように申しましたら「汚いところに貼っては勿体ない」と言うから「その勿体ない心で貼らせてもらえ」と申しました。きたないといえば人間の体くらいきたないものはない。お詫びする謙虚な心が大切です。上の方に貼る時も下の方に貼る時のような気持ちが大事であります。神様にしてみれば上もなければ下もない。(昭48・7・11)

家の中でも不要な物、使い物にならぬ物ハ思い切って捨ててゆかぬと、家の中の整頓ハ出来ません。心の中も捨て切ってゆかねバならぬもの。おかげにならぬ、特に不浄心を捨て切ってゆかぬと本当のおかげの成就になりません。未練心、執着心に取組んで心の整理を心掛けてまいりますと、すべてが清いもの、美しいもの、大切なものと感じれるようになります。おかげになるだろうかと思う心はすでに不浄心。(昭53・7・21)

罰とか罪の意識が不浄となる。神の大愛を知ることである。四神様の御教え『罰を与える暇があれば おかげをやるわい』(昭59・7・19)

金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは

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